規則正しい音が響く。
無機質な機械が並ぶ白い部屋で、私と妻は顔を合わせる。
乱れることなく響き続けるこの機械音が、心臓が鼓動する事を示す音だけが。
妻の最後の望みの糸だ。
『 脳 死 』
それが、医者によって下された診断。
こうやって顔を合わせても、私も妻も黙ったまま。
かつての幸せな笑顔も歓談する声も、とうの昔に失われてしまった。
私の声は妻には届かない。
妻の思いを知るすべは私にはもう無い。
そんなふうにぼんやり考えていると、別の人物、担当医が入ってきた。
「先日のお話ですが」
事務的に切り出す医者。
「こちらの準備は全て整いました。後は、ご家族の同意だけです」
「ええ、お話を聞いて、よく…考えました」
医者に返答する声は、震えている。
「子供はまだ幼い。そして現状維持の費用は高くて、
とてもじゃないけど払い続けられません。既に借金も重ねています。
これ以上はもう、どうやっても…。お話いただいた件、確かなんですよね?」
「お任せください」
足下を見られている、そんな感覚はある。
老獪(ろうかい)な医者は多分腹の中で笑っているはずだ。
だが、背に腹はかえられないのも現実だ。
「確かにこの国ではまだ理解が浅い手法だが、成功すれば、現在よりももっと
いい状態で生き続けられる。勿論(もちろん)あなた方の生活も」
「…よろしく…お願いします」
堪(こら)えきれない嗚咽(おえつ)がもれる。
だが、これで、生き続けることを望む者が皆救われるのもまた事実。
(解説)
おなじみの医療ネタ。元のスレッドでは大きく意見が割れていたが、作者の意図
としては、脳死判定されたのは「私」であり、医者と話しているのは妻である。
つまり、「私」は意識のあるまま、手術をされ、臓器提供することになる。
意図的に妻の発言の主語は省いている。
ちなみに、これらの話は、ブラックジャックや救命病棟の影響を強く受けている。
実際の医療現場でどうなっているか、精査したうえでの創作ではないので、
その点ご注意を。
↓2ちゃんねる投稿時のヘッダー(初出「じわじわ来る怖い話part31」)
59 :sage:2010/06/06(日) 07:38:07 ID:x7JUOY1Q0(pc)
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