『走る男』
そうタイトルだけ記された、何とも斬新?なパッケージのビデオ。
「しょうがない、どうせ百円だし暇つぶしになればそれでいいか」
Aは自宅に帰ると、早速ビデオを再生した。
タイトルも出ずに、いきなりホームレスのようなボロボロの服を着た
痩せ型の男が、ものすごい速さで走っている映像が映し出された。
走り方が左右非対称でぎこちない。
「?…
手に何か持っている…鋸(のこぎり)だ。何で鋸なんか持っているんだ?」
それにしてもこの男、こんな全力疾走しているのにバテるどころか
汗一つかかず、スピードを落とす気配さえ一向に見せない。
「ん…? そう言えばさっきからこの男、見たことあるような道を走ってないか?」
俺は段々と胸騒ぎがし始めた。…嫌な予感がする。
「あれ? この道は…? この角を曲がったら…?」
次のカットで胸騒ぎは確信になった。
ああ、ヤッパリだ。この男は家に向かってきている。
しかし、気付いたときには男は家のすぐ前まで着いていた。
いつの間にか、カメラは男の視点になっていた。
画面はこの古いアパートの俺が住んでいる二階部分を映している。
急いでベランダから外を覗くと…
いる!あの男が!
男は迷わずベランダの柱を鋸で切り始めた。訳の分からない俺は、
とりあえず
「おい! なにすんだよ! やめろよ!」
と男に怒鳴った。
すると男は俺を見上げた。
俺は思わず息をのんだ。
画面からは確認できなかったが、男は両目がロンパッてカメレオンのようだ。
そしてボロボロの歯をむき出しにしてニヤッと笑い、 走って視界から消えたか
と思うと、階段を駆け上がる音が聞こえる。
「ヤバい! ここに来る!」
鍵を閉めようと玄関に急ぐが、男はもうそこに立っていた。
俺は居間まで追いつめられた。
鋸を振りかざす男。
俺はとっさにリモコンで停止ボタンを押した。
その瞬間、男は居なくなっていた。鋸もない。
俺はすぐにビデオからテープを引っ張り出してゴミ箱に捨てた。
俺の部屋のベランダの柱には、深々と鋸の痕が残っていた。
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