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捜査本部にて。
俺は貧乏暮らしから解放されたばかりで有頂天だったというのに、
部下が陰気な事故の話をぶり返してきた。
 
「警部、例の焼死事件ですが、これは不幸な事故ってことでよろしいですか?」
「例の焼死? 何の事件のことだよ。ちょっと説明してみろ」
「ほら、先日の焼死事故ですよ。公園のベンチに座っていた
 金融会社の若社長が焼け死んだって事故」
 
そう、それは余りにも不幸な偶然の重なった事故だった。
犠牲者の男性は、テレクラで知り合った女子大生との
待ち合わせのため、街角の公園前に向かった。
その途中、アイスクリームを持っていた女子高生とぶつかって
服が汚れてしまったので、急いでちょうど目の前にあった洋服店に寄り、
店員がしきりにおすすめした綿のTシャツを買った。
彼は公園前のベンチに座って待っていたのだが、そのとき地面は真っ黒だった。
前日、ベンチの背後にある公園のゴミ捨て場に、書道家が大量の墨汁を
捨てて行った。
今朝公園でキャッチボールをしていた青年二人のうち、一人がボールを
投げる際に手元が狂って墨汁の瓶を倒し、地面に墨汁をぶちまけてしまっていた。
待ち合わせ場所で、彼がなかなか来ない女子大生をイライラしながら待っていると、
ゴミ捨て場に主婦がサラダ油のボトルを捨てにやってきた。
その後、チンピラ風の不良がやってきて、傍(そば)の植込みや
ゴミ箱に当たり散らした。彼はサラダ油のボトルも蹴り倒す。地面に
油が零(こぼ)れた。ベンチにもそれが掛った。
最後に、学生風の男が、水の入ったペットボトルを持ってやってきた。
彼は近所に住む苦学生で、猫の鳴き声がうるさかったから避けようとした、
と後で供述している。
 
その日は晴れていた。太陽の光が燦々(さんさん)と照りつけ、
水の入ったペットボトルにより日光が屈折、墨汁が渇(かわ)いた後の、
燃えやすい真黒な地面に集約した。
そしてサラダ油に引火し、パッと燃え上がった。彼が逃げる間もなく、それはベンチに
引火し、彼が着ていた燃えやすい綿のTシャツにも引火してしまったのである。
 
「本当に、不幸な偶然が重なった哀れな事故だったな。」
「警部、偶然と言えば、その時の待ち合わせの女子大生、洋服店の店員、
 アイスクリームを持っていた女子高生の家族、書道家、キャッチボールの青年達、
 主婦、チンピラ、苦学生の9人ですが、全員被害者の金融会社から借金
 をしていて、過酷な取り立てを受けていたって話ですよ」
「うわあ、それはまた凄い偶然だな。世の中には物凄い確率の一致っていうものが
 存在するんだなあ!ビックリだ。
 それはともかく、この事故には特に不審な点もないし、これ以上調べる必要もない
 だろう」
 

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