「お姉ちゃん、お母さん怖いよ」
「大丈夫、私が守ってあげる」
私はそう言ってアザだらけの妹を抱きしめた。
私たち姉妹は母に虐待を受けていた。
父が死んで以来、母は精神的に病んでしまい、自分が
誰なのかすら理解できていないようだった。
そんなある日、学校から帰ると廊下に何かを引きずったような
赤黒い跡。
と、ほんの一瞬、何かが視界の隅をよぎる。
赤い液体の滴る袋を引きずりながら、廊下の角を曲がっていく女。
あの青い花柄のワンピースは…母だ。間違いない。
袋の中身は…いやそんなはずはない。
赤黒い跡を追い掛けてみるとタンスの前で途切れていた。
母の姿は見えない。
意を決してタンスを開くとそこには袋があった。
…恐るおそる袋を開けて愕然(がくぜん)とした。
袋には夥(おびただ)しい数のぬいぐるみが詰まっているだけだった。
「そうなんです。私には妹なんていなかったんだ。そうなんですね?先生」
「はい、そうです。だが、あなたはまだ気づいていないことがある」
私は混乱し、うつむいて青い花柄のワンピースのすそをぎゅっと握った。
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外で散歩をしていたら、「キャー!」という女性の悲鳴が聞こえた。
驚いて行ってみると縦2m・横2m・厚さ50cm程の鉄板らしき物の
前に女性が座りこんでいた。
その女性に話を聞こうとしたが、ビックリしたのか話せない。
すぐに作業服を着た人が来て、経緯(いきさつ)を話してくれた。
どうやらビルの上で工事をしている時に、誤って鉄板を道路に
落としてしまったという。
幸い怪我人はでず、女性は驚いて腰が抜けてしまっただけらしい。
それにしても赤いタイルの上に真っ黒の鉄板とは不気味である。
小一時間続けていた散歩にも飽きて、夕陽が暮れる前にもう一度
その場所に寄ってみた。
その鉄板らしき物はまだ残っていた。
とても重いので処理ができていないのだろう。
危ないからか、近づけけないようにか、警備員のような人がいた。
先ほどの女性もそこに佇んでいた。そこで私は声をかけてみた。
「先ほどは驚かれたことでしょうね」
「驚きました。悲鳴を聞いたときはビックリしました」
「おい、まだかよ?」
俺は、女房の背中に向かって言った。
どうして女という奴はこう支度に時間が掛かるのだろう。
「もうすぐ済むわ。そんなに急ぐことないでしょ。
…ほら翔ちゃん、バタバタしないの!」
確かに女房の言うとおりだが、せっかちは俺の性分だから仕方がない。
今年もあとわずか。世間は慌(あわただ)しさに包まれていた。
俺は背広のポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「いきなりでお義父さんとお義母さんビックリしないかしら?」
「なあに、孫の顔を見た途端ニコニコ顔になるさ」
俺は傍らで静かになった息子を眺めて言った。
「お待たせ。いいわよ。…あら?」
「ん、どうした?」
「あなた、ここ、ここ」
女房が俺のえり元を指差すので、触ってみた。
「あっ、しまった」
「あなたったら、せっかちな上にそそっかしいんだから。こっち向いて」
女房は俺のえり元を整えながら、独り言のように言った。
「あなた…愛してるわ」
「何だよ、いきなり」
「いいじゃない、夫婦なんだから」
女房は下を向いたままだったが、照れているようだ。
「そうか…俺も愛してるよ」
こんなにはっきり言ったのは何年ぶりだろう。
少し気恥ずかしかったが、気分は悪くない。
俺は、女房の手をしっかり握った。
「じゃ、行くか」
「ええ」
俺は、足下の台を蹴った。
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