ただ券をもらったので、聞いたこともない名前のサーカスを見に行った。
サーカスにしちゃなんかへんぴな場所にあったけど、久しぶりだし気にせず入った。
中は薄暗く、何人ぐらいいるのかは全然見当がつかなかったけど、
人がいる気配はするんだ。
突然、舞台中央にスポットが当たって、空中ブランコが始まった。
遠くてよく分からないけど、ぶら~ん、ぶら~ん……
やる気なさげと言うか、無気力な感じでブランコに足でぶら下がった女の人が左右に揺れてる。
ぶら~ん、ぶら~ん、ぶら~ん…と、ずるっと足がブランコからはずれて転落する。
「え?なになに?」
ゴキッ!グチャ!
いやな音とともに、なにかが飛び散るのが見える。
女の人は防護ネットを突き破って、真っ逆さまに床に激突していた。
左右からピエロが走り出てきて、ぴくりとも動かないその女の人に布をかぶせる。
「うわ、よりによって事故の現場に居合わせちゃった……」
いやな気持ちになっていると、布がガサガサっと動き中からさっきの女の人が出てきた。
「何だ、演出か……。リアルすぎてあんまり感心できないなぁ」
気分が悪くなってもう見るのをやめようと思い出口へ。
「ずいぶん凝った演出ですねぇ~あの女の人も大変だなぁ」
気が済まないので出口にいた係員にイヤミ言ってやった。
係員はちょっとむっとしたように、でも得意げに答えた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと双子でやってますから」
なぁ~んだ。そうか。
俺はその日も残業だった。疲れた体を引きずり帰路に着く。
地下鉄のホームのベンチに鞄とともに崩れるように座る俺。
終電の案内がホームに流れる。
ふと見渡すと、ホームには俺一人。
そりゃー連休中日に深夜まで働いてるやつなんかそうそういるもんじゃない。
フッと自嘲の笑いも漏れるというもんだ。
が、そのとき、ホームへのエスカレーターを小さな子供が駆け下りてきた。
えっ?と不審に思ったが、
よく見るとそのすぐ後ろから母親らしき人が下りてきた。
「○○ちゃん、ダメ!母さんと手をつなぐのよ!」
3才ぐらいか。
まだ少ない髪を頭の天辺でリボンみたいなので結っている。
俺の目の前で母親は女の子に追い付き、しっかりと手を握った。
到着案内板が点滅し、電車の近付く音が聞こえてきたので俺は、立ち上がろうと…
そのとき、その母親が女の子の手をぐいと引っ張り、ホームから消えた。
いや、あまりに一瞬のことで訳も解らず俺はホームを見回す。
確か、非常停止ボタンがどこかに…
ダメだ、間に合うわけない!
こうなったら俺が飛び降り、親子をホーム下に押し退けるんだ、
うん、それしかないっ!
「あんた、何してる!」
背後から声が。
駅員だった。
駅員だった。
「お、女の人とこ、子供が今飛び込んだんですっ」
焦って噛みまくる俺。
そこへ電車が入ってきた。
あぁ、遅かった。
涙が溢れる俺。
身体の震えが止まらない。
俺の顔を黙って見ていた駅員が言った。
「私も初めはびっくりしたもんでしたよ」
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